しょうし

 住宅街には草木が生えていないから、丘は、丘といわれてイメージするあの丘のような見た目をしていない。都市における丘は外から見ればただ下り坂に取り囲まれた場所というような印象だけを与えた。丘を上っているあいだ、丘を上っていると気がつかなかった。N丘公園という名前の公園を見つけてはじめてここは丘だった。

 住宅街を見下ろすと夕焼けに照らされてわざとらしかった。子供が夕方の絵を描けと言われて隣の子供が描いているのを真似しながら描くような夕方だった。夕方の時間帯に街が変な色になることがたまにあるが、あれぐらい変な景色が私は好きだ。しばらく座って携帯電話をいじっていたら街は変な色に変わった。それを見て満足した。

 住宅街の真ん中に強い光がみえた。驚いているともういちどさらに強く大きい光がみえた。その光は点滅しながら迫ってくる。私は走って逃げ出した。何かが迫ってくる。公園から出て、私はこの辺りの地理に詳しくないから、でたらめに走り回るしかなかった。カーブミラー越しに、私を追いかけていた光の正体が車のように見えた。よく見ると車ではなく炊飯器だった。炊飯器が私を追いかけ続けていた。炊飯器は上下逆さにひっくり返り、蓋がひらき、中から文庫本が落ちてきた。炊飯器の中身は文庫本で、どれもしっかりと炊かれていた。

 炊飯器の中からほかほかの文庫本が落下するのを何もできずに見ていた。書物が炊かれていると不謹慎に感じられる。しかし不謹慎とはなんなのか。考えがうまくまとまらなかった。今後炊いた米を食べられなくなったらどうしようと私は思った。そう思うことによって今はじめてほんとうに炊いた米を食べられなくなってしまったかもしれないとも思った。湯気から変な匂いがする。

 私は丘を駆け下りた。炊飯器は追いかけてこなかった。それから1時間ほどかけて家に帰ると玄関先に何かが落ちていて、拾い上げるとドラミちゃんのソフビ人形だった。それは真っ黒に汚れていて、焼死、という言葉が頭に浮かんだ。