ギャグの奴隷

数年前に書いた文章の一部を書き換えたものです。

 「カルチャー」に興味はないが、次のツイートは正しいと思う。


https://

itたさ.cだkiyu

 ただし、その「ミーム的影響力」は、けつのあなカラーボーイのうちのマイナーな部分によって行使されていたことは強調しておきたい。こだまとか爪切男とか乗代雄介とか……、そういった人たちの派手な活躍だけに注目していてはわからない澱のような無意識があり、現在からみればそれだけが重要だったといえる。そのことに触れずに済ますような「けつのあなカラーボーイの時代」が書かれずに終わってくれればありがたい。

 けつのあなカラーボーイの主な活動は集団ブログの更新だった。しかし、僕が興味を持った段階でけつのあなカラーボーイの活動の中心は同人誌や「カス動画祭」などに移っていて、ブログはあまり更新されなくなっていた。集団ブログが作られた経緯は、2018年のインタビュー記事「平成最後の年越しはカス動画オールナイト!! 正体不明の同人サークル「けつのあなカラーボーイ」座談会!!」に詳しい。

―けつカラの皆さんが知り合って、団体ができるまでの経緯はどういったものだったのでしょうか?

demio:もともとネット大喜利をやっていた、亡くなった冷凍食品さんとか、ポテチ光秀さんといった求心力のある面々が中心の集まりがあったんですけど、そこに僕や日下さんといったツイッターから知り合ったメンバーが加わった感じですかね。

日下:はじめてみんなで顔合わせしたのが、ポテチ光秀が企画した飲み会の時だった気がします。そこでWebサイトを立ち上げようという話になったんですが、誰もそんな知識がなかったので、なぜか『RPGツクール』でゲームを作ることになり、それもいろいろめんどくさくなって、結局いまやっているFC2ブログに落ち着きました。

たか:パスワードとIDがいきなり送られてきて、あとは勝手にやってくれよっていう感じでしたね。*1

 けつのあなカラーボーイの同人誌には、『わいわいやろうよ』(2014年9月)、『ガイコツが現れたら』(2015年1月)、『さつまいものおかし』(2015年8月)、『しゃくれ絵巻』(2016年8月)がある。どの同人誌も、読み手と目線を合わせることを放棄した作品がかなりの頁数を占めている。そのような作品が集まることによって全体としての「異変」が成立していたように思える。低クオリティ・意味不明と思われてしまいそうな作品も多いが、それらが中〜高クオリティ・意味明瞭なその他の収録作品とくらべて何倍も重要だったことは疑いない。

 ところで、『さつまいものおかし』に「ギャグの奴隷」を寄稿したKagemのブログには「プリパラがおもしろい理由を考えていたら、この世の真理に辿り着いた」という記事がある。僕は『プリパラ』に関心はないのだが、けつのあなカラーボーイのメンバーである人物がギャグについて思考した記録として、この記事を印刷して読んだ記憶がある。

 その記事によれば、読み手の感情を惹起させる意図があからさまな表現は「下品」である。日本の漫才やコントやアニメや漫画はほぼすべて、この意味での「下品」さを読み手があらかじめ容認していることを前提に成り立っている。「下品」であることをやめてしまったら、作品制作は困難に陥るかもしれない。とはいえ、kagemによれば「下品」な表現に陥らずに済んでいる作品が存在しており、たとえばブラックマヨネーズの漫才や『ゆゆ式』がその例である。読み手の感情を惹起するという態度がそこまで露骨ではなく、むしろ丁寧な「作品世界」をそこにありのままに存在させようという努力が認められるからだ、と論じられる。

 しかし、kagemが『プリパラ』を高く評価しているのは「作品世界」が丁寧に作られているという理由からではない。したがって、『プリパラ』はkagemの作った評価モデルからの逸脱を示している。kagemによれば、『プリパラ』の作品世界がふざけて作られていることはほぼ確かである。しかし、それにもかかわらず、読み手の感情を引き出そうとする作り手の意図を証するような身振りが『プリパラ』ではことごとく抹消・隠蔽されている。その点に作品全体に通じる「最強の違和感」が成立する。要するに、kagemにとって『プリパラ』が面白いのは、「ここは笑うべきところである」と(あまりにも極端に)明示されないからである。たしかに、「ギャグのようでないギャグ」であってはじめて面白いはずだ、と僕も思う。そのような「ギャグのようでないギャグ」が成立するためには、ギャグが「未知」のものであることが条件である。

[…]隠蔽できるギャグには非常に厳しい条件があることです。その条件とは、『観測者のギャグライブラリにまだ格納されていないギャグであること』です。見たことがないギャグ、未知のパターンによるギャグでないと、「ギャグではないですよ」と隠蔽できないということです。*2

 しかし、このようなkagemの議論の全体について、個人的な疑問点を挙げておきたい。本当に「未知」であり、「隠蔽」されているとすれば、そのようなギャグをギャグと見なすこともまたできなくなってしまうのではないか、という疑問である。発見されないギャグが「おもしろい」はずはないと思う。同じことを、「絶対にバレない犯罪」は自白されるために行われる、と表現してもよい。必ず自白してしまうにもかかわらず、なぜ「絶対にバレない犯罪」に及ばなければならないのか。なぜ隠蔽に失敗してしまうにもかかわらず「ギャグではないですよ」という態度を取りつづけるのか。演出意図がグレーであることがどのようにして「おもしろさ」を生むのかわからない。

 kagemが「『プリパラ』がおもしろい理由」という問いを立ててしまったことがこのような問題を発生させているように僕には思われる。というのも、彼、およびけつのあなカラーボーイにとって、「おもしろさ」が発生するかどうかなど、実はどうでもよかったのではないかという気がするからである。「おもしろさ」を発生させようとしている人たちは、表面的に取り繕っていたとしてもやはり全員「下品」でしかありえないだろう。「おもしろさ」とは追求しうるものだ、という牧歌的な枠組みのもとで制作されている点で、たとえばkagemが高く評価するブラックマヨネーズの漫才や『ゆゆ式』のようなあり方は、実は古典的であり、「下品」であり、少なくともけつのあなカラーボーイ的ではないのではないか、という違和感を持つ。

 「おもしろさ」を追い求めるのは必ず「下品」だ、などというと、じゃあ何を作ればいいんだよ、という話になるだろう。しかし、kagemにおける『プリパラ』にしろ、けつのあなカラーボーイの諸々の作品や活動にしろ、「じゃあ何を作ればいいんだよ」という話になったあとはじめて評価しうるものだったのではないかと思う。言いかえれば、そこにあったのはギャグの「おもしろさ」というよりは「異様さ」、「不気味さ」だったのではないか。kagemは次のように論じなければならなかったのかもしれない。すなわち、「おもしろさ」のためのモデルが必然的に呼び寄せるような「下品さ」があり、『プリパラ』とはそういうものへの批判(抵抗)として「異様な仕方でのギャグの隠蔽」を行った作品だった、と。そうだとすれば、演出意図がグレーであることは、ギャグがギャグであるとバレるという必然性への抵抗として機能するといえるだろう。

 kagemの主張は乗代雄介「ぼく脳「ぬり絵教室」」において2011年にすでに論じられていたことの繰り返しでもある。乗代はぼく脳の『ぬり絵教室』を高く評価し、同じ作者によるその他の「不条理4コマ」を相対的に低く評価している*3が、その評価は「不条理4コマ」という、作品の「不条理」な意図を先回りして読み手に容認させるような構えを排すべきだという主張に基づいており、その批判の矛先はkagemがのちに「下品」と呼ぶことになるものに向いており、両者の主張が通底している点が指摘できる(なお、kagemと乗代とのあいだにはフレームワークの相違があるがここでは措く)。

 だから僕は、4コマよりも『ぬりえ教室』みたいな長いものを作ってほしいなと[ぼく脳に対して]思っています。そっちの方が圧倒的に大変だから。不条理4コマって、不条理であることが許されてしまうきらいがあると思います。
 カミュじゃないですが、許された不条理は不条理じゃないです。*4

 また、「 【お詫び】虚構新聞の更新を一時停止します。大きくなりすぎました。」*5というkagemの投稿記事がある。もともと「虚構新聞」という名前のテキストサイトがあり、ジョークという体裁をとったうえでガセ情報を流していたのだが、そのテキストサイトについて、留保・体裁なしのガセ情報を流した記事である。もちろん、「虚構新聞」の運営および読者はだれも情報がガセであることについての文句なんか言えないですよね、ということを前提とした嫌味だが、それ以上に、「虚構新聞」などと名乗ること自体が「許された不条理」であり「下品」である、という論理にもとづいた攻撃(抵抗)の実例であり、その点で重要性をもっている。

 伊舎堂仁が「『さつまいものおかし』の感想(それぞれへの)」において酉ガラ「サマーウォーズ」にくだした評価にも、kagemや乗代と同じ認識が共有されている。以下の引用文では、「下品」(kagem)や、「許された不条理」(乗代)が、「「物を」「買う」」とも「既知」とも「娯楽」とも言いかえられており、それらに「未知」を対立させる論述もkagemと共通している。

「物を買わないで~~!!」のセリフが、[…]これを読んでいる人たちへの神託めいた言葉としても機能しているのに震えてしまいます。
買う、という行為からは商品、という「既知」しか得ることはできない・・娯楽、を越えた「未知」は「物を」「買う」に類する行為への嫌悪、な態度によってしか目撃ができない・・・という宣言、だと受け取ることができます。*6

 率直に考えれば、「物を買わないで~~!!」という言葉を「神託めいたセリフ」として受け取りうるということが、けつのあなカラーボーイという無意識の条件だったといえるかもしれない。たとえば、たかのブログ「今夜は金玉について語ろうか」の圧倒的な面白さでさえ、「物を買わないで〜!!」という言葉に代表されるような思想と密かに通じていないとすればなんでもないというような気さえする。しかし、このような場面で伊舎堂とともに「神託」という単語を持ち出すのはどこか不用意な感じを拭えないだろう。というのも、「物を買わない」者は、酉ガラの漫画のセリフを「神託」として受け取ることもしないはずだからである。僕としては、「サマーウォーズ」をはじめとする酉ガラの漫画はあたかも「神託」のような言葉を絶叫しながらも、作品全体として「神託」のような、言いかえれば「下品」なかたちをとることに常に失敗し続けるなにかである、と(肯定的に)考えたい*7

 伊舎堂は別の文章において松本人志について次のように述べている。

番組のスタート直後に「もう眠いわ」と言ってウケた・・・という逸話のある年の24時間テレビを僕は自分の目では見ていない。松本本人による著書や、後続の中堅芸人たちのエピソードトークによってそれらの逸話は『伝説』とされてきたわけだが、それに笑い、ときにうっとりと振り返ることで「松っちゃん」ファンはそのファン性を、自らの中に育ててきたと言える。

それにしても、としみじみしてしまうのは、やっぱり当初からこの人は「クレーム」の人だったんだなあ、ということだ。言ってはならない(とされている)ことをいち早く察知し→吐露する、笑いの巧者がやがて向かえる衰えの季節に、変わらず感知器系統のみが作動していることの不幸をその見学者に伝えつづけてきたのが、ざっくり言うとここ5年・・・の松本人志であると結論づけることに僕はほとんどためらいがない。*8

 クレーマーとはちゃんと物を買いたい人である。言いかえれば、クレーマーとは「買う-売る」関係の改良者である。「買う-売る」関係が正常に機能することを阻害するものの筆頭は、お笑いの業界内的には師弟制度であり、それをもっとも敵視したのが松本だった。クレーマーである松本は「「物を」「買う」に類する行為」を根本的に否定できず、むしろだれよりも「「物を」「買う」に類する行為」に執着した。クレーマーの理想とは、売り手と買い手があらかじめ手を結んでいて、会計が滞りなく進む世界である。kagemらからすれば、それは「下品」な理想である。松本のその理想はほとんど叶ったようでもある。

 けつのあなカラーボーイは、そのような理想の時代において、そのような理想と手を切っていることによって新しかった。前掲インタビューでは、カス動画祭についても触れられている。カス動画祭はけつのあなカラーボーイが不定期に主催するイベントである。YouTube上にアップロードされているがほとんど誰からも視聴されておらず、普通に考えれば見る価値がないような「カス」な動画を、わざわざ会場を借りてモニターで上映する、というのがその内容である。カス動画祭においては、「下品」さに対する抵抗戦が最も象徴的なかたちで戦われている。というのも、カス動画祭とは「下品」な理想へのカウンターとして「カス」な他者が出現し、そのことによって「作り手の意図」が破壊されてしまう場にほかならないからである*9。そこでは、けつのあなカラーボーイのメンバーが「自作のカス動画」を発表すると、観客から「そういうのいらない」として退けられてしまう。

たか:前は自作のカス動画もあったんですけど、イベントのアンケートに「そういうのいらない」という意見があったのでやめました。*10

補足(2023年9月2日):アクメ屋台「ゲイ写真10選」について

 アクメ屋台「ゲイ写真10選」はけつのあなカラーボーイ最後の同人誌である『しゃくれ絵巻』の末尾から2番目に掲載されており、したがって、けつのあなカラーボーイの同人誌に掲載されたうちでは(ほぼ)「一番最後」ともいえる作品である。ただし作品といっても、インターネットから拾ってきたと思われる男性の(男性同士の性交中の写真などを含む)画像を1ページずつ貼って、それぞれに「選外」とか「入選 ○位」とキャプションをつけただけのものであり、同性愛者への差別的表現であることを否定できない。

 しかし他方で、アクメ屋台のツイートは忘れることができないものが多い。ツイートのひとつに、「関東で太く長くふざけ続ける奴」というのがある*11が、このツイートを見ていると、「関東で太く長くふざけ続ける奴」であるためには、「ゲイ写真10選」のようなものすら発表しなければならない場面が訪れないとは誰にも言い切れないような気がしてくる(僕だけかもしれない)。「関東で太く長くふざけ続ける奴」(=東京ギャグモーター)であろうとした集団がけつのあなカラーボーイであったとすれば、その彼らの同人誌が「ゲイ写真10選」という直球の差別に行き着くかたちで終わったことはあまりよくない意味で象徴的に思える。

 このことを考えるにあたって、けつのあなカラーボーイの活動のうち、同人誌ではなくカス動画祭の部分は『しゃくれ絵巻』以後にも一応継続されているという事実が重要であるように思われる。「けつのあなカラーボーイ新メンバーオーディション公開最終選考会」(2020年9月27日)は、カス動画祭であることが事前には伏せられていたが実際の内容はカス動画祭だった。そこでは通常のカス動画の中に紛れて安倍晋三がゴルフのバンカーで転ぶニュース映像が上映されるなどし、概ね成功していた(ウケていた)。このことから、カス動画祭に比較して、同人誌制作は継続の難しい活動形態だったと言えるのではないか。僕は労力の量を比べてそう言っているわけではない。それだけではなく、作者が作品を描くという《作家的な》あり方(労働!)をあくまでも前提とする同人誌の制作という形態そのものが、個々の作者たちについてはともかく、グループとしてのけつのあなカラーボーイとは噛み合わなかったのではないか。けつのあなカラーボーイは、同人誌の制作に代表されるような《作家的な》活動形態を拒否・破壊することをつうじて自らの活動を成立させていたように思われるからである。

 以上の事情についてここで考えたのは、アクメ屋台「ゲイ写真10選」が、自力で作品なんか描いてたまるか、描かされそうになったら自分は最低の差別しか提出しないぞ、という破壊的な宣言としてのみ、かろうじて肯定的に読まれうる作品だと思うからである。たか「首物語」(『ガイコツが現れたら』所収)、「私が盗賊から社会人になったわけ」(『しゃくれ絵巻』所収)におけるコピーアンドペーストのほぼ嫌がらせのような多用や、インタビューにおいて語られている酉ガラについてのエピソード(「酉ガラさんという人がいるんですけど、締め切りの前日にファミレスで書いた原稿をそのまま入稿する、みたいな感じで」*12)も、すべてけつのあなカラーボーイの同人誌が実際には「同人誌の拒絶」として成立していたことを傍証する。もちろん意識的にそうだったとは思わないが、無意識のレベルではそう言えると思う。

 アクメ屋台「ゲイ写真10選」を同人誌に対する最終的なボイコットの宣言として読んだとき、直後に掲載されている医龍「大人なんだから‥‥」に出てくる万引き主婦の投げやりなおならがそのボイコット宣言ときれいに重なるかたちで『しゃくれ絵巻』は終わっている(ように感じられる)が、この部分を読み返して医龍は凄いと思った。

*1:https://rooftop1976.com/interview/181214162941.php 冷凍食品のツイキャスによれば「亡くなった冷凍食品さん」という記述は当時なかば失踪の状態にあった冷凍食品自身の要請(?)による付け足し。

*2:https://kagem.hatenablog.com/entry/20180331/1522520770

*3:ぼく脳『ぬりえ教室』はけつのあなカラーボーイのサイトに投稿されていたようだが2023年現在閲覧できなくなっている。

*4:https://norishiro7.hatenablog.com/entry/20120215/1329329388

*5:http://tgmkcb.blog.2nt.com/?no=184&sp

*6:https://note.com/gegegege_/n/ne96839afe67f

*7:ここで僕が話題にしている酉ガラの漫画は、けつのあなカラーボーイの同人誌に掲載された作品のみである。「けつのあなカラーボーイ」のブログ上に掲載された「ハンデマン」などの作品や、2023年現在オモコロに掲載されている「バンドウがいた夏2」などの作品については扱わない。

*8:https://note.com/gegegege_/n/n726405800045

*9:松本人志の「働くおっさん人形」および「働くおっさん劇場」もまたカス動画祭的な磁場を持っていたのではないか、という疑問が当然ありうると思う。それについては今後考えていくことにしたい。

*10:https://rooftop1976.com/interview/181214162941.php

*11:https://x.com/kyouto__/status/163186378144882688?s=46&t=UpnPcfvrYE1AdKdZ6MRkoQ

*12:https://rooftop1976.com/interview/181214162941.php