ドドリゲーション

 窓を開けて書斎の換気をしていたら、外からドドリゲスが入ってきた。『スーパーマリオUSA』の1-2面に登場する敵キャラクターの名前である。ぎょろ目をしたカラスで、空飛ぶ絨毯に乗って浮かんでいる。プレイヤーは空中を動き回るドドリゲスをタイミングよく踏み潰し、絨毯を奪い、空を飛んでステージを進んでゆく。この踏み潰すタイミングを見誤ると、絨毯が床の中に埋没してしまうことがある。それでは絨毯に乗ることができないので、一度遠くに離れて、別個体を相手に同じ作業をやり直す。

 『スーパーマリオUSA』をにおけるドット絵は単純化を被っており、ドドリゲスの実体を必ずしも精確には伝えない。私の家の窓から闖入してきたドドリゲスの実像を記録しておきたい。

 大きさは、日常的に見かけるカラスよりもひと回りからふた回り大きい程度である。それでも「意外と大きい」という印象を受ける。身体は重そうで、翼もあまり発達していないようである。これでは絨毯を使わずに飛ぶのは難しいかもしれない。

 眼は非常に大きい。私の手のひらほどあるのではないだろうか。ドドリゲスを最初に見たときに浮かんだのは、正直に言って、その眼球への恐怖だった。マリオやルイージといった、数々の冒険をしてきた人たちといえども、この生き物の眼球のおおきさには私と同じように圧倒され、立ちすくむ経験をしたのではないかと予想する。

 色は青く、嘴は黄色かった。配色が『スーパーマリオUSA』における描写と食い違っていることを強調しておく。

 動きは非常に俊敏で、気性が荒い。ぎゃあぎゃあ鳴きながら体当たりを仕掛けてきて危険である。ドドリゲスの写真を撮ろうと試みたが、どれも綺麗に撮れなかった。スマートフォンを構えてドドリゲスを追いかけ回す私の格闘は数十分にわたったが、無数の生傷だけがその成果だった。

 絨毯の大きさは1メートル四方ぐらいである。カラス一羽が乗るには大きく感じられるが、人間がそれに乗って空を旅することを考えてみると、足がすくむ思いがするほどちいさい。

 私がドドリゲスについて不思議に思ったのは、頭のてっぺんから少し後ろの部分で自らの毛を括っていることだ。よく観察すると、蔦のようなものを使って器用に結んでいるのがわかるが、ドドリゲスの足は器用ではなさそうだし、そもそも頭に届かないような気がする。どうやって結んだのだろうか。

 飼育や保護は困難に思われたため、私はドドリゲスを窓から逃がそうと考えた。

 しかしドドリゲスが外に出ていくことはなく、むしろ兇暴さを増して私のもとに飛びかかってくるばかりだった。半ば掴みかかるように対峙したが、それを拒んで暴れた。私は焦っていた。

 私はドアを開き、後からドドリゲスがついてくることのないよう、すばやく廊下に出た。そして私の息子の持ち物であるバットを玄関から拝借した。叩いて殺そうというのではなく、これを振り回せばドドリゲスが怯えて外に逃げていくと考えたのである。

 気づけば書斎で息子のバットを振り回していた。ポロシャツを着た狂人だった。

「お父さん、ご飯。」

 振り返るとドアは開いており、そこに息子が立っていた。それまでに何度もノックをしていたが、夢中の私は気づかなかったのだ。ドドリゲスが息子に向かってゆく。悲鳴をあげる息子。私はドドリゲスの脳天めがけてバットを振り下ろした。ぎゃあぎゃあ……

 ドドリゲスは跡形もなく消えた。そしてタイミングが悪かったので、空飛ぶ絨毯が床に埋没した。

 『スーパーマリオUSA』では時間経過によって絨毯が点滅しはじめ、最後には消える。しかしそれは現実とは反していた。実際には絨毯は消えない。これがドドリゲスに関する私の最後の観察記録である。床に埋まった絨毯が今もつねに波打っていて、私の書斎は集中して読書をできる空間ではなくなってしまった。